こんにちは、つばさぬです!
昨年末のコミケで頒布した合同誌『細かすぎて伝わらないTDR』多くの方にお手にとっていただいて嬉しい限りです。改めましてありがとうございます🙇♂️
自分は「「驚異の要塞」フォートレス・エクスプロレーション」というタイトルで寄稿させていただいております。
今回の記事はそれに関連した内容となっていますので、是非合わせてお読みいただければと思います!
もちろん、お手に取っていただけていない方も楽しめる内容となっているほか、当誌に関しましては、2025年夏頃に再頒布を予定しているとのことなので、続報をお待ちください......!
- はじめに:プロメテウス火山とは
- 古代の神々の寓意性
- プロメテウスの寓意
- プロメテウス火山とフォートレス・エクスプロレーション
- プロメテウス火山と東京ディズニーシー
- 終わりに:メタ的視点としてのプロメテウス火山
- 参考文献
はじめに:プロメテウス火山とは
さて、皆さんは東京ディズニーシーのシンボル的存在である「プロメテウス火山」をご存知でしょうか。パークに入ってミラコスタ通りを抜けると見えてくる壮大な火山で、パークの至る所からその様相をみせることからディズニーシーを象徴する火山と言えますよね。
身も蓋もないことを言えば、この火山はあくまでも作り物なのですが、その作り込みと再現性から実際の研究者が研究対象とするほどなのは比較的有名な話でしょう。
そんなプロメテウス火山ですが、名前の由来となっているのはギリシャ神話の神である「プロメテウス」であるとされています。
この神は、最高神ゼウスが人間から取り上げた"火"を再び人間に与えたとされている神で、そのイメージがこの火山と重なることからこの名前がつけられている、というのがよく言われている話です。
これでも十分山の名前足りえるのですが、火のイメージが火山に結び付けられてしまうのであれば、このディズニーシーの象徴である火山がプロメテウスである必然性は無いようにも思えますよね。
そこで今回の記事ではなぜこの火山が「プロメテウス」の名を冠しているのかについて、文化的な視点から考察(妄想)していきたいと思います。
古代の神々の寓意性
言うまでもありませんが、東京ディズニーシーはアメリカ発祥のテーマパーク、つまり西洋の思想が根底にあるわけですね。これも言うまでもありませんが西洋の思想はキリスト教と切っても切れない関係にあります。
ここで疑問に思われたことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、西洋社会では一神教のキリスト教を信仰してきたにも関わらず、ルネサンス以降多くの西洋絵画ではギリシャ、ローマ神話を主題としたものが描かれています。
つまり西洋世界には一神教のキリスト教と多神教のギリシャ、ローマの神々が共存しているというわけです。
この宗教観の矛盾を西洋人はどのように解消してきたのかは様々な説明ができると思いますが、ここではルネサンス期の思想について取り上げていきましょう。
過去の記事でも説明したのでよろしければ参照していただければと思いますが、ルネサンスとは、フランス語で「再生」や「復活」を意味するとおり、古代ギリシャ、ローマの文化を復興させた14〜16世紀の運動のことをいいます。
古代の文化を復活させたのであれば、当時の人々から見れば異教の神々である古代ギリシャ、ローマの神々も当然復活することになります。
そこで彼らが用いたのが寓意(アレゴリー)でした。日本国語大辞典によればアレゴリーとは、
抽象的な意味を持つ事柄を、具体的な形式を用いて表現すること。
であるとされています。これがルネサンスにおいて、古代ギリシャ、ローマではキリスト教神学における事柄が、個性を持った具体的な神々として表現されているのだと解釈されたわけです。
ルネサンス期の詩人ペトラルカは、「古代の詩人たちは唯一なる創造神(すなわちキリスト教における神)を認識していたが、当時の多神教社会での非難を恐れて、神々の名の下に寓意した」と解釈したといいます。
また、ルネサンス期のプラトン主義者として名高いフィチーノは、「古代の神話は一種のキリスト教神学であり、古代の人々の唯一の誤りは神学的な事柄を「神々」だと考えたことにある」(要約)と述べています。
フィチーノによれば、具体的にはルナ(月、セレネ)は魂と身体の活動、マルス(火星、アレス)は速度、サトゥルヌス(土星、クロノス)は道徳、メルクリウス(水星、ヘルメス)は理性、ウェヌス(金星、アフロディテ)は人間性をそれぞれ表していたといいます。
ルネサンスの巨匠ボッティチェリの『春(プリマヴェラ)』や『ヴィーナスの誕生』などはこうしたフィチーノの思想が背景にあるといわれているんですね。
プロメテウスの寓意
以上のようにルネサンス期においては寓意の名のもとに古代ギリシャ、ローマの神々は人々に受け入れられるようになりました。では本題のプロメテウスは何を寓意していたのでしょうか。
ギリシャ神話では、一説ではプロメテウスが人間を創造したとする話があります。これに加え、彼は人間に技芸や科学、倫理的秩序を与えた神だともされています。
ルネサンスにおいて、プロメテウスのこうしたイメージは顕著になり、ルネサンス期に『神々の系譜』を著したボッカチオは、キリスト教徒でありながら、プロメテウスを第二の人間の創造者だとさえしたそう。
このプロメテウスのイメージのある種の完成系をを表す絵画がイタリア、フィレンツェのヴェッキオ宮にあるフランチェスコ1世のストゥディオロにあります。
ストゥディオロとはイタリア語で「書斎」を表す言葉で、フランチェスコ1世はこの部屋で錬金術の研究をしたり、アリストテレスの四元素説(この世界の物質は火、水、空気、土から成り立つとする説)に基づいて世界中の珍品を蒐集したりしました。
この部屋は壁や天井の一面が絵画で覆われていましたが、その天井の中心にプロメテウスを描いたものがあります。
Muse Firenze(https://musefirenze.it/blog/5-curiosita-studiolo-francesco-palazzo-vecchio/)より
このプロメテウスの寓意について、ドイツ文学者の原研二先生の引用とともに説明します。
(前略)ここは世界に対して特権的な場であるだろう。世界に対し、自然に対し力を行使する野心に衝き動かされないはずはなかった。それゆえ、人間の優位が説かれないはずもなかった。それゆえの神話意匠の採用であり、それゆえのプロメテウスである。ボルギーニは天井の中央に人工としてのプロメテウスを顕彰する図像を指定した。(中略)
天井の絵画は、女性のナトゥラが原石を差し出し、プロメテウスがそれを指輪に加工する図が描かれる。プロメテウス、そして指輪は、自然に対する人工の優位を顕彰するイマーゴにほかならない。原研二(1996)『グロテスクの部屋―人工洞窟と書斎のアナロギア』作品社(212頁)
絵画のうち、右側の岩に鎖でつながれている人物がプロメテウス。左側の女性は様々な動物を伴っており、自然を象徴した存在(ナトゥラ)であると考えられるそう。
ギリシャ神話にはプロメテウスが指輪を造ったエピソードが語られていると言われていますが(ただしこの神話の出処は不明※)、これを基にしてこの絵画には、プロメテウスが自然からの贈り物である原石を受け取り指輪に加工する場面が描かれています。
これが示す寓意とはすなわち「人間(人工)の自然への優位」だと解釈できるとのことですね。先に述べたように、人間にとっての文化的創造者であるプロメテウスの図像は、ある種人間のあらゆる文化的活動を賛歌しているとも言えるのです。
世界中のあらゆるものが集められ、自然を人間の手で変成する錬金術が行われた部屋だからこそそれを示すプロメテウスが高らかに描かれているのでしょう。
※プロメテウスと指輪のエピソードはアイスキュロス断片の『解放されたプロメーテウス』内にあるとT.Kobayashiさん(X:@tkbys_Arsphilia)に教えて頂きました!ありがとうございます🙇♂️
プロメテウス火山とフォートレス・エクスプロレーション
長くなってしまいましたが、話を東京ディズニーシーに戻しましょう。ディズニーシーのプロメテウス火山の麓には『フォートレス・エクスプロレーション』があります。
これは世界中の科学者や冒険家、探検家で構成されたS.E.A.という組織の拠点である大航海時代の要塞を探検するアトラクションです。詳しくは当ブログの複数の記事で述べているのでそちらをご参照ください。
このフォートレス・エクスプロレーションですが以前僕はX(旧Twitter)で以下のような投稿をしました。
ルネサンス期以降に貴族や学者の間で流行ったとされる「ヴンダーカンマー(驚異の部屋)」、天井にワニが吊るされていたり動物の標本、錬金術の文献、天球儀や地球儀、異形の動物、楽器、異国からの文物などといったあらゆる物が集められた部屋らしいんだけど、これ明らかにフォートレスの裏テーマでしょ pic.twitter.com/RAjSRQpF4I
— つばさぬ (@Tsubasan0924) 2024年1月28日
実はこれについて今回参加した合同誌にて詳しく述べているのですが、要はフォートレス・エクスプロレーションは、当時の貴族や学者が世界中の物品を蒐集した部屋である「ヴンダーカンマー」を要塞全体で体現している施設だと考えられるということです。
先程述べたフランチェスコ1世のストゥディオロもまた世界中の珍品を蒐集しており、このヴンダーカンマーの系譜にあると考えることが出来ます。
そしてこの部屋の天井にはプロメテウスが描かれており、奇しくもフォートレス・エクスプロレーションもプロメテウスの名を冠した山の麓に位置しています。こじつけがましいかもしれませんが、この両者の構図がそっくりだと思いませんか。
それではこのプロメテウスが寓意するものはなんだったかというと「人間の自然に対する優位」でした。実際S.E.A.はそれを示すかのごとく、レオナルドチャレンジにて、火山の噴火という自然現象をコントロールすることまで行っています。
妄想の域を出ませんが、もしかしたらプロメテウス火山の名前はそのような「自然に対する優位」を示すためにつけられたものなのかもしれませんね...
プロメテウス火山と東京ディズニーシー
では話をパーク全体にまで広めてみましょう。東京ディズニーシーにおける「人間の自然に対する対する優位」といえば、まずあげられるのが今はなき「ストームライダー」でしょう。
このアトラクションでは自然現象であるストームを人間の叡智をもって消滅させることがテーマでした。まさに自然への優位性を示していますね。
画像右上の「ストームディフューザー」でストームを消し去る
アメリカンウォーターフロントに目を向ければ、そこには新大陸にやってきた人々が先住民を圧迫し、アメリカの大地を「開拓」してきた歴史が背景にあります。
世界中のありとあらゆる物を強奪してきた悪名高いハイタワー3世も、自然(=世界)を手中に収めるという思想が背景にあったといえます。
偶然にもこれらメディテレーニアンハーバー、アメリカンウォーターフロント、ポートディスカバリーというテーマポートからはプロメテウス火山がはっきりと見えます。
アメリカンウォーターフロントからはプロメテウス火山がよく見える
対して、ロストリバーデルタはジャングルの奥地に位置しており、「インディ・ジョーンズ・アドベンチャー」や「レイジング・スピリッツ」はまさに安易に踏み入った人間たちに自然の神々が牙をむくという筋書きになっています。
マーメイドラグーンでは人間(人魚)たちは海の仲間たちと共存しており、むしろ自然との調和が説かれているテーマポートと言えるでしょう。
アラビアンコーストは過酷な砂漠に身を置いており、人間の自然への優位はなかったと考えるのは自然な気がします。
これらのテーマポートからはプロメテウス火山をほとんど見ることができないのは偶然でしょうか。
写真奥にプロメテウス火山があるがうまく隠れている
(Google Earthより)
ここまでくればプロメテウス火山が遠くに見えるがあまり目立たないように配置されている
そしてプロメテウス火山の中にあるミステリアスアイランドでは、自然を人間の手によって利用しつつも、その尊重を忘れていないというある種折衷のようなことが行われているのが興味深いですね。
西洋の文化は受容しつつも、西洋の帝国主義とは相反するネモ船長の立場をよく表しているようにも思われます。
東京ディズニーシーはご存知の通り「海」をテーマとしたテーマパークとだけあって自然とは切っても切れない関係にあります。
そこで人々はそんな自然とのどのような関わり方をしてきたのか、ある場所では利用し搾取し蒐集し、またある場所では畏れ敬い共存をはかった、そんなことを裏のテーマとして表現したかったのではないでしょうか。
そしてそれを示す1つの指標が自然を人間の上に置くか下に置くかであり、パークの中心にプロメテウス火山(=人間の優位の象徴)を位置させることで、各テーマポートの性格を表現しようとしたのならとても面白いですよね。
終わりに:メタ的視点としてのプロメテウス火山
ということで東京ディズニーシーのシンボル的存在であるプロメテウス火山がなぜ古代ギリシアの神であるプロメテウスの名を冠しているのかについての妄想をしていきました。
ここまではパーク内におけるプロメテウス火山の話をしてきましたが、最後にもう一歩引いた視点でのプロメテウス火山について述べて終えたいと思います。
これまで再三プロメテウスは「自然に対する人間(人工)の優位」を象徴するものだと述べてきましたが、これはまさに東京ディズニーシーそのものだと思いませんか。
ディズニーシーに限らずテーマパーク全体に言えることではあるのですが、特にディズニーシーはプロメテウス火山を始めとした大自然や、世界のあらゆる場所、建築、風景を再現しています。
言ってしまえばこれは「偽物」という事にはなるのですが、人工による自然の「模倣」であるとも言えますよね。そしてこのような模倣を否定するどころか、その優位性を説くのがプロメテウスの象徴でした。
つまり、東京ディズニーシーは、テーマパークとして避けられない「所詮は作りもの」という最大の弱点を、プロメテウスの名を冠したオブジェクトをパークのシンボルとして配置することで、肯定的にとらえ、それどころか「人工物としてあることの勝利」を内包しているといえるのです。
このような意味で、ディズニーシーというテーマパークは自身がテーマパークであることを自覚していながら、そのことを肯定している非常に特殊なテーマパークであると結論付けることが出来ますね(!?)
というわけで、少し自分でも妄想が過ぎたような気がするので、この辺で終わりにしますが、ここまで読んでいただいた皆さんありがとうございました🙇♂️
このブログ全体に言えることですが、特に今回の記事に関しては、書いた内容は全て一個人の解釈であり、決して断定的な情報を伝えるものではありませんのでご了承ください。ご意見、ご感想等ありましたら大歓迎ですので是非お願いします!
それでは!
参考文献
池上英洋、川口清香、荒井咲紀(2016)『いちばん親切な西洋美術史』新星出版社
エルンスト・カッシーラー(著)末吉孝州(訳)(1999)『ルネサンス哲学における個と宇宙』太陽出版
原研二(1996)『グロテスクの部屋―人工洞窟と書斎のアナロギア』作品社
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