こんにちは。つばさぬです。
突然なのですが、アニメ『チ。―地球の運動について―』めちゃくちゃ面白いですよね~。続きが待てず、自分は原作漫画を最後まで一気読みしてしまいました。
今回の記事は少しだけ、それと関連した内容になっているので、最後までお読みいただければ幸いです。
目次
はじめに
皆さんはフォートレス・エクスプロレーション内にある部屋『エクスプローラーズ・ホール』をご存じでしょうか。過去の記事でこの部屋について書いたものがあるので、よろしければご覧ください。
さて、この部屋は16世紀までの冒険家や探険家、科学者などの肖像画とその偉業を見ることができるというものではありますが、実はその他にあるものが描かれているのを見ることができます。
その一つがギリシャ・ローマ神話の神々です。東京ディズニーシーでギリシャ神話というと、真っ先に思いつくのがプロメテウス火山ですが、こんなところにも古代の神々がいるんですね。
神々と天体
ここに描かれている神々には、ある共通点があります。それは太陽や月、惑星といった天体と紐づけられているということです。
そもそも、天体や宇宙と神話は古くから密接な関係を持ったものでした。
わたしたち人間は、古い時代からきわめて深い関心を天体に寄せてきた。農作物の生育に深く関わる太陽や、日を数えるのに不可欠だった月、そして方角などを見定めるのに必要な星は、当然ながら身近な存在として神話のなかでさまざまに表現されてきた。神話学の創始者ともいわれるマックス・ミュラーは、神話について、太陽の動きを中心とする自然現象を表現する言葉が、次第に本来の意味が忘れられ、誤解される中で発生したと考えた。
とあるように、人類の営みに欠かせなかった天体の存在が、古くから神として神話のなかで表現されてきたということなんですね。
話を戻しますが、この部屋には、太陽、月、そして地球を含む6惑星の象徴であるギリシャ・ローマ神話の神々の姿が描かれています。
それでは早速見ていきましょう。なお、本記事では基本的にラテン語やギリシャ語における長母音は省略して書いていきます。
太陽:アポロ
まずこちらは、太陽の図像があること、馬が山車を引いていることから、ローマ神話の太陽神アポロであると考えられます。ギリシャ神話のヘリオス、アポロンやローマ神話のソルと同一視されました。
アポロは芸術や芸能の神として知られていた他、光明の神としての性格ももっていたことから、太陽神として見られるようになったとされています。
アポロの図像として、伝統的に4頭の馬と馬車が描かれてきました。古代ローマの詩人オウィディウスによれば、それぞれ「赤さ」を意味するエピロー、「輝き」を意味するエオー、「灼熱」を意味するエトン、「黄と黒の中間色」で大地の愛人を意味するフレグトンと、いずれも太陽に関係した名前になっていたと言います。
しかし、なぜかエクスプローラーズ・ホールに描かれているものは3頭しかいません。これはちょっと疑問が残りますね.......
月:ディアナ
こちらは月の図像、そして手に弓を持っていることから、ローマ神話の月の神であるディアナであると考えられます。ギリシャ神話のセレネ、アルテミスやローマ神話のルナと同一視されました。
狩猟の女神という性格を持っており、そのことから弓矢を持っているのですね。他にも森や豊穣、出産に関わる神であり、欠けては満ちる月の姿から不老不死と結びつくことの多い存在だったそう。
水星:メルクリウス
こちらは、水星の惑星記号(☿)が描かれていること、翼のついた帽子を被っていること、そしてカドゥケウスという杖を持っていることから、ローマ神話における商業の神メルクリウスだと思われます。ギリシャ神話のヘルメスと同一視されていますね。
メルクリウスは、神々の遣いとしての役割を持つことから、太陽系の中で最も運行の早い水星と結びつけられたとされています。
彼の持つカドゥケウス(ケリュケイオン)という杖は、アポロとの仲直りの際に渡した竪琴の見返りとして受け取ったもので、商業の神であるメルクリウスにおける、和解、合一、平和のしるしだったそう。この杖に2匹の蛇が巻きついているのは、残酷である蛇たちが向かい合うことで、融和している様子を示しているから、などと伝えられています。
メルクリウスの動物といえば、雄鶏が挙げられます。これは、商業や学問において怠けることは悪であり、そこに警戒や日の出のシンボルである雄鶏のイメージが結びついたからだと説明されます。
ただ、エクスプローラーズ・ホールに描かれているのは鶏というより、何か別の鳥類に見えますね。
金星:ウェヌス
こちらは、金星の惑星記号(♀)が描かれていることから、ローマ神話の愛と美の女神ウェヌスだと考えられます。ヴィーナスの名前で知られていますね。ギリシャ神話のアフロディテと同一視されました。
ウェヌスの輝くような美しさが、夜明け前や夕暮れ時にひときわ明るく美しく輝く金星と結びついたと考えられています。
ウェヌスの前には、彼女が生み出したとされるクピド(キューピッド)の姿が確認でき、その象徴である弓に矢をつがえていることがわかりますね。
ウェヌスの山車を引いているのは白鳥のような動物ですが、これは白鳥の無垢さや甘美な歌声がウェヌスの色欲や情愛と結びついたからだと言われています。
火星:マルス
こちらは、火星の惑星記号(♂)が描かれていること、剣、盾、槍、兜を身につけていることからローマ神話の戦いの神マルスだと思われます。ギリシャ神話のアレスと同一視されました。
地球のすぐ外側を回る火星は、その見た目の赤さから、戦火や血を連想させ、古くから戦いと結び付けられて考えられました。そのため、戦いの神であるマルスが火星を表象していたのは必然だったわけです。
またマルスの山車を引いているのは犬のような動物に見えます。それもそのはずでマルスは、勇敢で強く、はたまた獰猛な犬や狼と結びつけられて考えられ、これらの動物と描かれることが多かったからなんですね。
木星:ユピテル
こちらは、木星の惑星記号(♃)が描かれており、雷と鷲とともに描かれていることから、ローマ神話の最高神ユピテルだと見て間違いないでしょう。言わずと知れたギリシャ神話のゼウスと同一視されました。
ユピテルと言えば真っ先に思い浮かぶのが雷霆でしょう。至高の神として、神の摂理による統率とともに、愚かな人間の行為を罰することを表すために、このような雷霆を手にしていたと言います。余談ですが、伝統的にユピテルの雷霆は3種類とされており、この絵画においてもユピテルは3本の雷霆を手にしていることがわかりますね。
超余談ですが、MCUの『ソー:ラブ&サンダー』にて、主人公ソーがラッセル・クロウ演じるゼウスから雷霆(サンダーボルト)を奪って使用していたのが印象的です。
ユピテルの隣には女性の姿が描かれていますが、これは彼の姉妹であり、妻でもあったユノ(ヘラ)でしょう。神々の王女たるその存在から、頭には冠が載せられていることがわかりますね。
ユピテルの足元にいるのは恐らく鷲(わし)だと思われます。ユピテルの図像の殆どに鷲が描かれるほど、ユピテルと鷲との結びつきは強いものでした。一説にはある戦いにおいて、ユピテルの元に現れた鷲によって彼が勝利を掴むことができたからとも、また鳥の中で鷲だけが太陽の光に負けず、太陽を凝視することができたからだとも言われています。
土星:サトゥルヌス
こちらは、土星の惑星記号(♄)が描かれていること、手に鎌を持っていることから、ローマ神話における文明と農耕の神サトゥルヌスだと考えられます。ギリシャ神話のクロノスと同一視され、ユピテル(ゼウス)の父親としても知られています。
ローマ神話では、息子ユピテルに王位を追われた後にイタリアにやってきたと伝えられており、鎌を持った老人の姿で描かれることが多いのが特徴です。後のローマ建国の地で、彼は人々に農耕を教えたとされ、そこから小麦を刈り取る鎌のイメージがついたとされているそう。
ちなみに、中世以降サトゥルヌスの山車を引く動物はドラゴンとして描かれることが多かったらしく、この壁画もそれを踏襲したものになっています。
調べてみると、元々ドラゴンがその山車を引いていた神は、サトゥルヌスの子の一人のケレスであったことがわかりました。彼女は大地の女神であり、ドラゴンが引く山車は稔りの大地と耕作を表していたそう。そのイメージが農耕の神でもあるサトゥルヌスにも取り入れられ、このような形になったのでしょうか。
地球:テラ
最後にこちらは、地球の惑星記号(♁)が描かれていることからローマ神話における大地の女神テラ(テルス)だと思われます。ギリシャ神話のガイア、ローマ神話のデメテルやケレスと同一視されました。
テラ自体は固有の神話は持っておらず、ギリシャ神話のガイアとしてのエピソードが現代まで残っています。
ヘシオドスの『神統記』によれば、世界の始まりにあったのはカオス(混沌、空虚)のみで、そこから大地の女神であるガイアが誕生します。ガイアは自力で、ウラノス(天空)と山々、ポントス(海)を生み出し、自らウラノスと交わって、クロノスを含む男女12人の巨神ティタン族を生み出したとされています。
この絵画では、彼女は船と棒状のもの、盾のようなものを持っていますが、似たような図像が見つからず、詳細はわかりませんでした......。何か分かった方いらっしゃれば教えていただけると助かります🙏
ただ、彼女が身にまとっている色とりどりの衣服や、船の模型を抱える姿は、大地母神として世界を包容する様子を表しているのかもしれませんね。
神々の図像と天動説
前述したように、ここに描かれている神々は各天体を表しており、彼らの多くは山車に乗っています。実は、このように馬車に乗って疾走している神々の図像と親和性の高いものがあるんです。
それが天動説を表した図です。天動説は地球中心説とも呼ばれ、宇宙の中心は静止した地球であり、太陽、月を含めた惑星はその周りを回っているとする説ですね。
神々の描かれた代表的な天動説図が、アンドレアス・セラリウス(1596~1665)の星図『大宇宙の調和』(1660)に収録されている「プトレマイオスの太陽系図」です。
余談ですが、セラリウスの最も有名な2つの星図がなぜか東京ディズニーランドのショップ「ハウス・オブ・グリーティング」にあったりします。
パブリックドメイン(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/7/78/1660_celestial_map_illustrating_Claudius_Ptolemy%27s_model_of_the_Universe.jpg?uselang=de)
各天体の神々が、山車に乗り、地球の周りを回っている様子が描かれ、これらの図像はエクスプローラーズ・ホールのものと似通っているのがわかりますね。
以下にその比較画像を載せていきます。
上がアンドレアス・セラリウスの絵(以下セラリウス版)、下がエクスプローラーズ・ホールのもの(以下ホール版)になります。
多少異なる箇所もあるものの、概ねイメージが一致していることがわかります。当然、太陽も当時は惑星と考えられていたため、地球の周囲を回っていますね。
ただ一つだけ、移動をしていない天体がありますよね。もちろんそれは地球です。もうお気づきの方もいるかもしれませんが、ここで改めてエクスプローラーズ・ホールにおける地球、テラを見てみましょう。
そうです。テラのみ他の神々とは違い、正面を向いており、その場に佇んでいるような姿をしているのです。
何を言いたいかというと、つまりエクスプローラーズ・ホールの神々の図像は暗に天動説、すなわち地球中心説を示唆しているということです。隠れミッキーならぬ隠れ天動説とでも呼びましょうか。(言いたいだけ。)
何はともあれ、ここでは太陽や月も惑星の1つとして動く中、地球のみがその場で堂々と静止しているのです。
実は、このエクスプローラーズ・ホールには宇宙に関する絵画が他にもありますが、そのいずれも天動説を示した絵画になっていたりします。
ヨーロッパにおいて古代から伝統的に採用されてきた天動説は長い歴史を持ち、16世紀にコペルニクスが地動説(太陽中心説)を提唱した後も、信じ続けられました。
そのコペルニクスでさえ、伝統に則って、プトレマイオスの完成させた天動説に内部修正をしようと試みた結果として、地動説に至ったとされているのです。
エクスプローラーズ・ホールはフォートレスの舞台となっている16世紀までの歴史を描いたものですが、そのほとんどの期間において人々は天動説的な世界観のもとで生きていました。それはコロンブスやレオナル・ダ・ヴィンチにおいても例外ではありません。そのことを示すがごとく、ここには天動説的な図像が残されているのかもしれませんね。
終わりに
ということで、今回はエクスプローラーズ・ホールにおける神々の図像は暗に天動説的な世界観を示しているのではないか、という話をしました。
正直、ただ神々について紹介するだけでは味気ないと思い、半ば強引に宇宙論へと話を繋げてみたのですが、(あと冒頭のように『チ。』に関連した話をしたかった。)お楽しみいただけたなら幸いです。
また、今回古代ギリシャ・ローマの話を取り上げましたが、東京ディズニーシーと古代の神々については、T.Kobayashiさんが詳しく、より正確にお話されているので、是非ご覧になってください!
それにしても開園から23年経ってもなお、こうして新たな視点に気づくことができるのには、改めて東京ディズニーシーというテーマパークの懐の深さを感じます。アーメン。
最後になりますが、ここで書いた内容は決して確定的な事実を伝えるものではなく、あくまで筆者の主観、妄想、願望が反映されていることをご了承ください。
ということで最後までお読みいただきありがとうございました!フォートレスに関しては正直書きたいことが山ほどあるので、引き続きお読みいただければと思います......!
参考文献
松村一男、平藤喜久子(編)(2016)『神のかたち図鑑』白水社
ヴィンチェンツォ・カルターリ(著)大橋喜之(訳)(2012)『西欧古代神話図像大鑑 全訳「古人たちの神々の姿について」』八坂書房
ジャン=クロード・ベルフィオール(著)金光仁三郎(主幹)他(2020)『ラルース ギリシア・ローマ大事典』大修道書店
東ゆみこ(監)(2023)『ビジュアル版 一冊でつかむ世界の神話』河出書房新社
森結(編)(2024)『知のアトラス-宇宙をめぐる教会と科学の歴史』西南学院大学博物館研究叢書